スリランカの世界遺産にはお助けマンがいる

2011/06/23

スリランカの象徴ともいえる世界遺産のシギリヤロック。ここは1200段の階段がいろんな形、向きで連なり頂上へと続いています。階段を登るのは思ったよりきつく、高齢者が登り切ることはとても困難です。

でも、登れるんです!この登山口にはたくさんのお助けマンがいて、登ってから降りてくるまで、登山者の腕を支えてくれます。お助けマンは政府の許可を得ていて、周りの説明をしてくれたり、歌を歌ってくれたり、礼儀正しく親切です。
このシギリヤロックに残る美女たちの壁画・シギリヤレディーを見て、コメンテーターの目が輝きます☆

「これはインドの影響を強く受けたものだ。そしてその源は古代ギリシャだろう」と。彼の頭の中には小国マケドニアから身を起こしてギリシャの諸国家を制圧し、やがてギリシャ軍を率いてペルシャからインドまで攻め込んだアレクサンダー大王のことが強く刻み込まれているのです。彼が運んできた西洋の美女たちの描き方が、インドの美術に大きな影響を与え、それが目と鼻の先の島国セイロン(現在のスリランカ)に渡ってきたのだろうというのです。そういえばシギリヤレディーと呼ばれる美女たちは、いかにもアジア離れしています。肉感的です。インドにも肉感的な女神はいますが、それともまた違ってはっきりと西洋風です。イエス・キリストやマホメット(ムハンマド)が生まれるはるか以前に、遠いギリシャからインドに伝えられた美女の描き方が、今のスリランカに残っているというのは、かなり想像力を刺激される話ですね。

セイロン(スリランカ)を考える上で、もうひとつ面白いのは中世、アラブの商人たちです。彼らは交易のために季節風に乗って海を渡り、インドやセイロン方面へやってきました。
そして再びアラブへ戻るには、逆の季節風が吹くまで半年間待たなければなりませんでした。その間に彼らはアラブの文化を残していきました。イスラム教では偶像崇拝を禁じていますので、絵画や彫刻といった物は残していませんが、生活習慣や物の考え方の中に、アラブの影響が今も強く残っています。

かつてスリランカは、宗教・民族の対立で内戦が長く続き、危険な国というイメージでした。
あまりお助けマンばかりに気をとられることなく、そういう厳しい現実も頭に入れながら世界遺産を楽しんでほしいと思います。

【特派員情報】

長年、スリランカの貧しい人たちを助ける活動をしている溝口弘子さんからの情報でした。

溝口弘子さん